私の解釈者のはなし

こんばんは、Heleneです

ヒーリングの記事をひとつ前にかいたので、間が空いてしまいましたが。

転生には、実は、パターンがあったり、生まれ変わっても前世からの経験を継承しているのもあるのかなと思うのです。

ただ、戦国武将やら、イタリア最後の傭兵隊長が、今の日本にいきるただのおばちゃんに何の役に立っているのか、謎ですが。

でも、もしかしたら、バーゲン会場で目玉商品に群がるおばちゃんは、戦場で手柄を争う武将が前世だったり

大阪辺りでレオパルド柄を着こなすおばちゃんは、ローマのコロッセオで野獣と戦う剣闘士だったのかもね。

私はレザーはあるけど、虎も、豹も着たことないし(笑)

バーゲン会場で争うのも、物産市で並んで食べるとか、まず、しないです(笑)

なんたって、椅子取りゲームで、どんなに気合いをいれても、常に最初にハブれる人でしたから

それに、食べたいなら普通に本店に行けばいいし、服もバーゲンのお店をみるのは好きだけど、人混みは嫌いだから。

服も、最近は、バーゲン前に買ってしまうこと多

だって、バーゲン入ると、サイズないんだもん

魂の世界には、時間は存在しないのならば、ただ単に15〜16世紀のその時代、その場所でしか経験できないことを経験するために、私の魂の大元はそこに魂の欠片を投下していたのかもしれないですし。

歴史に名前を残すような人というのは、それだけエネルギーが強かったり、思いが強かったり、継承されるべきスペックというのがあるのかもしれません。

考えてみたら、武道的なものに限らず、様な天才は、もともとの天賦の才のようにみられますが、何代にも渡って、最終的な目的の昇華されたその人物になるために、準備をしているものなのかもしれません。

歴史上の人物が出てくると、私は、かなり慎重になってしまうのですが。

しかし、人類の歴史の長さと、たくさんの国と、そこに語り継がれる人を考えると、実は、歴史上の人物の総数はすごい人数で、誰にでも、そんな過去生との繋がりがあるのではないかと思うのですよ。

タイトルの件ですね。

過去生の問題点は、リトリーバルや故人の訪問と比べて検証がしにくいところです。

リトリーバルは、事件性のあるものは、後から新聞やネットやニュースで調べられますし。

故人はその方を知るかたに、情報を付き合わせて確認することができます。

一方

歴史上の人物の場合、知らない状態で得た情報に整合性があれば、ヒットとなりますが。

名前があっても詳しい情報の出てこない人や、史実が曲げられている場合もあります。

また、歴史上の人物の周辺にいたという場合もありますし。

その過去世が存在した、という検証がとてもしにくいため、ご自分の前世と信じにくいという問題も存在します。

ブルースモーエンの考え方には、私たちの意識の働きにのなかに、知覚者と解釈者というものがあるとしています。

知覚者は、潜在意識(非物質)での体験を知覚する

解釈者は、体験している人の、既存の引出し(経験、知識、価値観等)をベースに、知覚したものとそれを紐付けることで、顕在意識下へそれを認識させ、記憶させ、その情報にアクセスさせる

機能があるわけです。

問題は、既存の引出しのなかに、知覚しているものが存在しない場合、引出しの中にある一番近いものを持って来てしまうので。

例えば、知覚したものが本当は、果物のあんずだったとしても、あんずを知らなければ、桃として見てしまうかもしれません。

イタリアのあんず、美味しいのよね。今のシーズンは桃もプルーンもさくらんぼもイチヂクもメロンもいいなぁ

野菜も最高に美味しいし

画像のなかの平たい桃、たしか南イタリアの特産

来年年初にワークショップや非物質から見たイタリアツアー的なものをしようと考えていますが、来年の初夏にイタリアで何かを企画したいなぁ

誰にでも、必ず、解釈者は存在しています。

また、100ピュアな体験というものは(知覚者が知覚したままの体験)非物質での体験であり、こちらの世界に持ち込む際には、言語化するとか、私達の理解できる形に変換されてしまいますから、100ピュアであるということは不可能であるということを念頭に置かなければなりません。

でも、誤差を5にするか、95にするかは、情報の精度として、とても重要になってきますね。

だから、自分自身の体験を信頼するのは大切だけれど、そこに疑いを持つことも大切だと私は思うのです。

信頼だけだと、自分のとってくる情報に関して、解釈者の働きを加味していないので、受け止めた情報が大きく歪められている可能性があるのです。

自分の期待しているものや自分の信念で、実際に体験しているものと違うものをみているという可能性があるのです

自分の解釈者の傾向を知る、というのは、より精度の高い情報を得るためには重要であります

ここまで、ベースとなる考え方を書きましたが。

トレーナーをしている私ですが。

自分の解釈者に対しても、かなり注意をしています

私の注意ポイントとして

エロシーン、リセット:エロス多過ぎ。

戦闘シーン、リセット:ァイオレンス多過ぎ

甲冑、リセット:騎士フィルター発動の危険

石畳、石の壁、リセット:西洋的な場所に書き換える可能性大

キリスト教、警戒

イケメン、警戒(イケメンしか許しませんフィルター発動の可能性大)

ドラマチックな話、注意

過去生探索を自分でするようになって。

もーう、何度も何度も、金太郎飴的にですね

飴をどれだけ切っても、金太郎の顔か熊の顔しかでてこない、みたいに。

エロスとァイオレンスですよ。

女(エロス)ーーーー男(ァイオレンス)

この振り幅が半端ないんですわ。

私の頭、それしかないから、そんなものに私の解釈者が作り替えてしまっている?

という疑いを何か出る度に思うわけです。

なので、リセットしたりですね、するわけですが。

イケメンフィルターは多少効果がありますが

それ以外にあまり変化がないのです

ただ、私は自分の体験を常に100信頼し、それを盲信しているわけではありません

でも、自分だけならともかく、知覚のかなり発達されてる方が、揃ってそういう私の過去生の傾向を同じようにみているので、受け入れるしかないような感じ?

しかも、ジョァンニに関しては、寝室でやさグレているのですよ。

なんか、うっとおしいけど、放っておけないというか

いや、その前に、自分の側面によるセクハラ?

その体験で、

今の私にとって必要なエッセンスが何かある

それが、私自身を知るために、非常に合理的である

それが、私が今いきる上で妨げ、負担にならない

ことを前提に考えています

その上で、納得行くような前世も、そうではないものも

そういうこともあったかもしれない

という風に、私は、塩漬けし(記録を取り)

もしかして、後から役に立つかもしれないという前提で扱っています

なぜなら。

私の思考は私一人のものではなく

私の体験や見るものも私一人のものではない

そう考えるなら、この体験が、誰のもの、私のもの、作り物では等という議論自体が無意味になるから。

私、という自我をどこに置くのか、という話になってくると思うのです。

この辺りのはなしは。

ブルースモーエンワークショップのレベル3でねちっこくやるのですよ

7月15、16、17日に代木で、BMトレーナー3名でやりますので。

興味のある方で、レベル1、2を終えている必要はありますが、是非おいでください。

また、11月7、8、9日にもやりますので、興味のある方はその前のレベル1、2から続けておいでください。