桐野夏生の渇き

彼女の最高作は、『OUT』と『柔らかい頬』であろう。

『OUT』に見られる、現代という時代とそこに生きる人々への乾いた虚無に満ちた視線、その方向が幸か不幸なわからぬまま、これまでの軌道をはずれて疾走していくじぶんというものへの善悪を超えた肯定の感情、『柔らかい頬』に見られる、娘の失踪という非日常な出来事を抱えたまま末期がんの北海道警の元刑事との先のない道行きに自身をゆだねていく主婦の心理や感情の描写には、それらがかなり異常なものでありながら、なまじすこしも扇情的で大げさな文章を使用していないだけに、よけいに、説得力とリアリティがあった。

当時、ニューヨークで仕事で知り合った本好きの知的なアラフォー日本人女性と話しているとき、「日本の主婦を主人公にした小説で、はじめて、じぶんのことが書かれている、と思いました」といっていたが、その言葉はよく分かるきがする。

つまり、桐野は、現代に生きル女性というものの、何か核心をつかんでいるのだと思う。

もうひとつ、この『OUT』で、私には忘れられぬことがある。

桐野が直木賞をとった直後ごろだったと思うが、そのNYの紀伊国屋書店で、雑誌アエラが桐野のインタビューを掲載していたのだが、それを立ち読みして驚いた。桐野がそこで語っていた『OUT』の主人公の雅子のモデルが、私が独立するまで10年以上在籍していた会社で知っている人だったからだ。そのインタビューによれば、桐野はYさんというその女性と以前雑誌社でいっしょで親密になった。離婚したYさんは1人で女の子を育てていたが、その子が交通事故で死んだ。その打撃が見ていられないほどひどく、このまま放っておくと彼女は自殺すると心配した桐野は、強引にYさんの部屋に押しかけ、しばらく同居したのだという。

もう1つ、そのYさんには縁がある。私が一年間のNY暮しからその会社に戻ったとき、ある上司から、「陽虎くん。いま、中途入社したばかりなんだけど、仕事ができ、頭が切れて、並の上司では使いこなせないだろうな、と思っている女性がいるんだよ。彼女をきみのグループにどうかね?」と推薦をうけたことがあったのだ。このYさんは、たしかに、頭が良さそうで、冷静そうな人だった。

桐野は驚くほど多作で、そのために全てが前記著作の水準とならないのは当然だ。

だが、女性私立探偵の村野ミロが韓国の光州事件にかんだり、あの東電OL殺人事件を題材にとったりなどの着眼には、それだけでいつも私は舌を巻く。

最近の、まさに私の学生時代を背景にとった『抱く女』『や、連合赤軍事件に当時加わった女性の一般社会への回帰とその日常を扱った『夜の谷を行く』、佐藤春夫に妻をわたした大谷崎の家の女たちを描いた『デンジャラス』など、相変わらず食指をそそられる題材に挑んでいるなと、思わせられる。

私は今、会社再建のためオフィスを移転した一年前から役員報酬を社員より下の9割減としているため、千円以上の新刊は買わないことにしている。前記書籍が、早く廉価な文庫本にならないかと、思っている。